けものみち

まったりと、きのむくままに。

で、結局6年間あんたはなにしたん? ~苦悩しながら過ごした一匹のこぎつねのお話~

この記事は「Kyoto University Advent Calendar 2021」の6日目の記事です。

adventar.org

こんにちは。白狐(びゃっこ)と申します。

12/05 の午後8時にツイッターから京大のアドベントカレンダーをやっているという情報を見つけて、12/06 の枠が空きっぱなしなのもなんかよくなさそうだなと思って、手軽にかけそうなネタを爆速で書き起こしたものです。

簡単に自己紹介をすると、現在、京大の情報学研究科の修士2年で、いまは修論執筆に向けて実験データ収集やら理論整備やら読書やらいろいろこなしながら、片手間で趣味(たくさん)、TA、サークルのお手伝い(イラスト制作など)をこなしている人です。まあ、なんかいろいろやってる人なんだな~って感じでいいと思います。

そんな私の、6年間の生活、苦悩、努力、のダイジェストみたいなものを書いていこうかなと思います。完全に個人の話です。

楽しい大学生活の始まり ~桜が咲いたら、一年生~

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北海道出身のわたしは、入学シーズンといえば、雪と雪解けでできた泥水たまりの殺風景しか思い浮かばなくて、なにが桜が咲いたら一年生だよ、なんて思っていましたが、京都に降り立ってようやく桜が咲いたら一年生、を経験することができてちょっぴりうれしかった記憶があります。

さて、晴れて京大生となって、その次です。

快適に大学生活を送るために多くのことがすることといえば、友達作りなわけです。

この友達づくりの過程で、ああ、全然違う環境に飛んできてしまったのだな、と痛感するわけです。

まず絶対といっていいほど話題になる出身地、出身校の話題。

出身地はやはり関西圏が多いなとそこまで驚くことはなかったのですが、出身校はテレビとかで聞くような有名な私立、中高一貫がかなり多く、この時点でうっすらと「格差」みたいなのは感じてしまいました。 また、わたしが北海道出身と自己紹介すると、多くの人が「北海道!?!?」と驚きを隠せないような反応をされていてちょっと面白がっていた記憶があります。飛行機で数時間程度でいけるのにね。

そして、話題のネタがなくなってうっかりするとどっぷり話し込んでしまう入試のお話。

今年の数学は簡単でしょ、国語はウォーミングアップといった話題だけで話し込める人ばかりでした。正直入試は突破してしまえばどうでもいいと思っていた人なので、なんで終わったことをこんなに思い出話のように面白そうに話すんだろう...とか、この人たちは入試で苦労をしないのか...みたいな、なんというかある種の「敗北感」を入学してすぐに感じてしまったわけです。

この先、ちゃんとやっていけるんだろうか、という不安が募ります。

楽しい日々

友人と図書館で課題をこなしたり飯を食べに行ったり、サークルにいったり、たまには観光地に行って癒しを得たり、と大学生活の自由度の高さに心地よさを覚えていました。

学業もちゃんとついていけるのか、という不安を取り払えるくらい十分な単位数、成績をとれていましたし、工学部情報学科では学部2年でコース配属があるのですが、無事に進みたいコースに進めるといったように、順調に進んでおりました。

サークルでの活動は特に力が入っていました。

わたしは生協のサークルに所属しており、受験生のサポートを行ったり、大学のオープンキャンパスやホームカミングデーの担当をしていました。

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入試で生協の人が配布している資料の中に以前はこんな学生がオリジナルで制作した冊子が入っているのですが、わたしは2017年度の冊子の座談会ページを担当したり、校閲・校正作業をしていました。作業のために深夜残って朝帰りすることもしばしば。

入試関連だと、ホテルに宿泊して、生協パックで予約した方の受付をしたり、ホテルのどこかホールを借りて、お菓子や飲み物をいただきながら受験生とお話しするコーナーを設けたり、朝のバスの送り出しの案内をしたりと、学生ではなかなかできないような体験をしました。

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オープンキャンパスでも、実は大活躍で、来てくれた学生に配布していたこのトートバックの中身に入っている右側の青い冊子の表紙イラストや、冊子のデザイン、校閲・校正作業をしていました。また、工学部情報学科を志望している学生とトークしたり、キャンパスツアーのツアーガイドをしたり、という経験もしました。

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ホームカミングデイと呼ばれる、京大のイベントに合わせて開催される「くすのき屋台村」では、情宣物のデザイン全般を担当していました。この年はテーマが「創」だったので、それにちなんだ道具がデザインされていながらも、秋らしさ、お祭りっぽさを取り入れたデザインに仕上げました。

ホームカミングデイ当日は、屋台のお手伝いもしており、大変楽しい日を過ごすことができたかなと思います。

何もかも、うまくいっているはずなのに

学部3年生のころです。生協サークルは1、2回生あたりが中心となって活動していたため、サークルでの活動がほぼなくなっていました。そのこともあり、徐々に学業中心、専門科目の勉強中心の生活にシフトしていきます。

サークル漬けの毎日を送っていながらも、講義はほとんど全部出席して、単位も一つも落とさず、順調に生活を送っていました。

そう、すべては割と順調、うまくいっている、はずだったんです。 何も、悲観することなんてなかったはずだったんです。

わたしは、何者?

情報学科のほかの学生に目を向け始めたころには、もうそれはそれは恐ろしい光景が広がっていました。

わたしの代は、競技プログラミングが非常に盛んで、AtCoderCodeforces などの競技プログラミングコンテストサイトで、アルゴリズム・データ構造・コーディング能力・数学力を試している人が多かったように感じます。そして、一部は、ICPCと呼ばれる大会に出場したり、AtCoder のコンテストで本戦に出場したりする人もしばしばいました。 そして、競技プログラミングの強さによってレーティングが付き、名前に色がつくのですが、その中でもかなり上位の色である AtCoder 橙色、黄色のレーティングを所有する人も多く、少なくとも青、水色という人が多く存在していました。

ほかの方面を見ると、アルバイトでプログラミングの勉強をしながらサービスの開発をする人、Kaggle に参加する人、ハッカソンに参加する人、といったようにみなそれぞれ情報学科の学生の特性を活かして進んでいろんなチャレンジをして、成果を上げていたわけです。

さて、自分はどうでしょうか。

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わたしの手元にあったのはちょっと良い単位とだけです。

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「科目名: 成績:A」 とかそんなようなものです。

研究室配属なり、卒業なりしてしまえば、もはやただの文字記号でしかないもの。

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この事実に気づいてしまったとき、これまで楽しかった日々も、頑張ってきたこともなんだか虚しく思えてきて元気がなくなってしまいました。

化けるには何を修行すれば...

もう学部3年生まで来てしまって、これから研究室配属のこと、卒論のこと、大学院進学か就職か、そんなことも考えないといけない、そんな中でわたしが少しでも何か形に残る成果を残せるようなことがあれば...

といっても、プログラミングのアルバイトなんて「未経験大歓迎!」なんてものはないし、Kaggle なんてできたもんじゃない、ハッカソンなんて飛び入りしたらたぶん大けがをして帰ってくるに違いないはずだ、といろいろ考えをめぐらせていました。

そこで、とりあえず競技プログラミングを始めてみました。競技プログラミングなら、初心者にもやさしい教材がそろっているし、問題ならたくさんあるし、正答・誤答チェックできるし、たくさん記事があるし自学自習できるので好都合でした。トップクラスになれる見込みは皆無だけど、せめてひとつ、わたしが「化ける」材料になれば...と始めたのでした。

いわゆる「精進」というレベルでやりこむことはできませんでしたが、週1回のコンテストと、週1~2日程度の問題演習を地道にこなしていきました。

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水色レートまでとりあえず到達することはできました。当時だと大学では真ん中ぐらいの実力程度かな、ぐらい、一般的な基準でいえば十分な能力があるというレベルだったと思います。とりあえず、一つ化け方を覚えることができました。

当時はそれなりに喜んでいたと思います。

しかし、競技プログラミングを続ける途中で、これはわたしが本当にやりたかったことなんだろうか?この程度の成果って、他人の劣化版でしかないのではないか?という、疑問が芽生えてきます。この辺が、いかにも京大生っぽい、無駄にプライドが高い感じですね。

そのせいか、徐々にコンテストに参加することも減っていき、最終的には競技プログラミングをやらなくなってしまいました。

さて、そうとなると、わたしができることは...。

過去の自分は、無駄じゃなかった

ちょっといい単位が、手元にあったおかげで、研究室配属では第一希望の研究室が定員2人なのに対して10人が第一希望で応募していたのを無事通過することができました。教授も「なんで今年うちがこんなに第一希望が偏ったのか全く分からないんだけど?」と驚いていたほどで、成績順に学生を取ったところ一番最初に埋まったようです。なお、コースで研究室配属の権利があったのは45人程度だったと思うので相当偏ったことがわかります。

さて、卒論はどうしようか、という話を教授としていた時でした。弊研究室は卒論のネタが先輩から降ってくることなどなく、自分で好きなネタを持ってきてよい、という研究室だったので、興味のあるネタを話して研究ネタとして昇華させられそうなものを探していたのでした。

最初は「ツイッターの伏字、検索除け」「ツイッターの炎上度合い推定」といったネタで攻めていたのですが、なかなか実験、研究ネタとしてまとまらず、という感じでした。

そこで、思い切って、過去にやっていた競技プログラミングの話を出したところ、教授が「ネタとしておもしろそう」と結構興味を示してくださりそこからクラウドソーシング的な話、項目反応理論の話を勉強するに至ることができました。

こればかりは本当に意外過ぎる瞬間で、教授との一対一のミーティングでも思わず驚いてしまったほどです。

そんなわけで、卒論は思っていたよりもかなり順調に進んでしまい、国内の学会にも出すことができ、小さいながら賞もいただけて、成功することができました。

化けろ、こぎつねよ

学部を卒業して、就職はせず、大学院に進学しました。

ただ、この進学も、学部卒で就活してもたぶん自分が望むところにはいけないだろうというありがちなルートを選んでしまったと思います。ただ、研究自体は(ツイッターでは「研究辞退宣言とかツイートしてるくせに)苦しいこともあれどそれなりに続けられそうな感じはあったので、修士2年はしっかりやっていこうという気持ちがありました。

そんな気持ちはあったんですが、あまりにも想定外なことに、コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めてしまいました。そのこともあって、大学院進学しても休学したり、就職活動して修士1年で退学して就職したりする人がそこそこな人数いました。

その人たちは、やはり学部生のころくらいから何かしら開発アルバイトしたり、企業のインターン行ってたりして、地道に努力をしていた人たちなので、やはりこの時代でもスムーズに就職先が見つかるんだなあと、若干の劣等感に苛まれながら過ごしていました。修士課程を卒業して、修士卒の肩書を得ることに何の意味があるのだろう、とまで考えてしまいます。

進学してからは、オンライン形式の講義になった影響で、大量の課題に追われ続けます。加えてコロナのことなど微塵も考えていないままスケジュールをたてていたので、TA・OA、採点バイト、研究が次々と襲ってきて、週休0日生活が錬成されてしまいました。

もはや、学業の片手間に情報学系で自分のスキルを磨こう、という暇などほとんどない状態でした。

そんな状態でしたが、修士1年生の実習でアプリ開発に出会います。

この実習はワークショップ形式で、5人~6人で1チームを組んで、半期でアプリケーションを開発するというものでした。ちょうど何かしら開発をしてみたいと思っていた頃なので、いい機会だったと思います。

ですが、このワークショップは、情報系のインターンとかでつくようなメンター的な要素は、一応TAがサポートしてくれるかなぐらいであまり期待できず、チームメンバーも割と開発経験がない人が多く含まれるので、非常に大変です。

いままでほかの学生がコツコツ通っていたであろう道を、数週間程度でとりあえずざっと通り、なんとかウェブアプリという形に残してこの実習を終えることができました。ワークショップに参加した学生の相互評価、先生方の評価もまずまずで、初めてにしては上出来だったのではないかなと思います。

しかし、本番はここからで、怖いもの知らずの自分は、たまたま見つけたイベントに作品をブラッシュアップして応募してみないか?と提案してしまいました。

チームメンバーはあまり乗り気ではなく、自身もなさげでしたがなんとか3人を誘うことができて、イベントに応募することができました。 イベントに参加しようと提案したのが自分だったので、自分が中心となって開発をし、残りの二人には開発案や機能のフィードバック、そしてプレゼンを頼みました。

そして、その初めてのイベントでびっくりするほどうまくいってしまうのでした。 賞金というものを初めて自分たちの力で手にできたのもうれしかったのですが、何より、ツイッターで同じエンジニア志望の学生、技術力の高い学生と交流することができたことがこの思い切ったイベント参加で手にした何よりも大きな経験となりました。

その経験がかなり味方してくれたおかげで、就職活動もかなり個人的に満足できるところに就職ができました。

もちろん、開発経験や情報系のスキルでとってくれた、というのもありますが、ほかにもこれまでやってきたイベント企画、運営、情宣物のデザインなど、その辺の行動力もここで評価されていたようで、ここまで自分が行ってきたことが、ようやくほかの人に「面白い」と思ってもらえたという実感に変わった瞬間でした。

卒業まで

就活がおわってじゃあおしまい、というわけには当然いかないので、修士2年生、残された学生生活1年で何ができるか、自分なりに考えてみました。

やはり自分はものづくりが好きなことや人を楽しませることが好きなようで、そういったことと自分の開発スキルや過去の経験値を活かして面白いことができるのではないか、というのを一生懸命考えていました。

その結果、いくつか成果物がうまれました。

まずこれ。

drakscake.hatenadiary.com

実は、タイピストタイパー)として2019年から復帰していたのもあって、その領域知識と情報学の知識を融合して生み出した記事です。

これまでタイピストの界隈で、なかなか「相対的な強さを数値で評価して表そう!」ということがなかったので、結構評判があった記事であります。

次にこれ。

whitefox-lugh.github.io

11月末にベータ版としてタイピング練習サイトをリリースしました。 まだバグや動作の重いところなどがあるので、全然完成品じゃないですが、将来的にはいろいろ直してより良いものにしていく予定です。

数時間で書いたとは思えないくらい長くなったうえ、まとまりのない文章になってしまいました。

京大生になってしまうと、どうしても「周りがすごい」「自分は雑魚」という感覚に陥ってしまいがちな気がしますが、そこからどうやって抜け出して行けたかという一つの体験記みたいなものだと思ってくださると幸いです。

明日、12/07 は ACA さんの「ありきたりなはなし(京大×精神障害)」です。お楽しみに!